思春期のうつ病増加の背景には何があるのでしょうか?
今回は児童精神科医である舩渡川智之氏監修の書籍『思春期の子の「うつ」がわかる本 SOSサインの見極め方と適切な接し方』より解説します。

子どもにつき添って児童精神科を訪れた多くの親は、戸惑った様子を見せることがあります。
思春期は誰もが経験するものですが、時代の変化とともに子どもの心の問題も変化しているからでしょう。
思春期は精神的に不安定になりやすく、昔から子どもに抑うつが見られることはありましたが、10代の抑うつは、一過性の症状とされてきました。
ところが最近のデータは、10代の子にも成人と同じような持続的な抑うつも増えているのです。
「世界子供白書2021」によると、10代の若者の13%以上が心の病気と診断されており、その4割が不安や抑うつです。
また、日本では小学生の約12%、中学生の約15%が抑うつを示しているという報告があります。
その多くは持続的に抑うつ状態にあり「生きていることが楽しいと思わない」という答えが多く見られたといいます。
令和4年の自殺者数は前年比874人増加し、21,881人。男性は13年ぶり、女性は3年連続の増加となった。男性の自殺者数は女性の約2.1倍。自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)は17.5でした。

出典:令和4年中における自殺の状況(厚生労働省)
自殺対策白書(厚生労働省)によれば、他国は事故が死因の原因1位なのに対し、日本は先進7か国のなかで10~19歳の死因の1位が自殺という報告もあります。
思春期のうつ病増加の背景には、国際的な精神医学の診断基準のうつ病に該当する範囲が広がっているという要因もありますが、現代の社会的変化も見逃すことはできません。
成人のうつ病では「自分の帰属する社会で責任をまっとうしなくてはいけない」という精神的負担が主な要因として挙げられますが、かつての子どもはこうした負担を感じること自体あまりありませんでした。
ところが現代では、少子化や情報化といった社会変化により、子どもたちは早い段階から競争にさらされ、成功や成長を求められるようになりました。
子どもの発達スピードは、個々に異なるので、本来なら周囲の大人が、一人ひとりの成長を見守り、社会に送り出してあげなければならないところ、学校は、集団生活のなかで横並びであることを求め、社会全体としては本人のスピードを無視して成長を急かします。
そうするとそれについて行けない子どもが混乱や葛藤を抱え、精神的負担を感じやすくなるのも無理はありません。
さらに、いじめや虐待(肉体的な暴力だけでなくネグレクトや両親の不和、過剰な教育の要求なども含む)などが加われば、状況はさらに悪化します。
発達途上の脳に長期的にダメージが加わり、ストレス反応を起こし、感情コントロールや記憶、学習が困難な状態になることもあります。
ただ、うつ病と診断するには、2週間以上持続的に抑うつ状態が継続しているかどうかが問われるので、子どもの場合、その間に別の問題が起こることが多いのです。
例えば、食事がとれなくなり、体重が減っていれば摂食症の診断がされたり、四六時中ネットやゲームをやり続けていればゲーム依存の診断が優先的に検討されたりします。
また、さまざまな症状があらわれたのちに、不眠や食欲低下、やる気が出ない、起き上がれないといった「うつ病特有の症状」が顕在化するケースもあります。
思春期のうつ病に対しても抗うつ薬は効果があるとは示されていますが、気を付けなければならないのは、その効果は成人よりも少ないと報告されていて、抗うつ薬によって死にたい気持ちが少し増えるリスクが生じる点です。
そのため、抗うつ薬の添付文書には「抗うつ剤の投与により、24歳以下の患者で、自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告があるため、本剤の投与にあたっては、リスクとベネフィットを考慮すること。」と記載されています。
逆に25歳以上の大人のうつ病では、抗うつ薬によって死にたい気持ちが減ることが示されています。

抑うつや不安で受診する子たちは、診察室であまり自分からしゃべろうとしません。
質問にうなずくだけで、ほとんど口を開かない子もいます。
子どもがしゃべろうとしない理由はいろいろ考えられます。
たとえば、自分ではとくに困りごとを感じておらず「なぜここに来なくてはいけないのか」納得しておらず、親に無理やり連れてこられたと思っているからです。
親とのあいだに大きな葛藤を抱えていて素直になれず、反抗して口をきかない子もいます。
しゃべらないことを反抗としている場合、なにかのきっかけがあれば話し出すこともありますが、場面緘黙(かんもく)があると一切口をきいてくれないため、問診することは困難です。
小学生から緘黙があらわれた場合は、ほとんどの子はそのままずっと学校では話ができません。
学年が上がるにつれてますます状況が難しくなると、抑うつ症状があらわれる子もいます。
また自閉スペクトラム症など、神経発達症(発達障害)の特性があると自分のことを客観的に捉えることが難しく、生活に支障がないか、不安やつらさがないかを尋ねても「大丈夫」しか答えない場合もあります。
年齢や発達の状況によっては理解力や言語化力に乏しい子もいます。
たとえば、不快なことがあったとき、自分の感情がどのように変化したのか、それが身体にどんな影響を与えたかなど、自分自身で捉えることができないため、自分の感覚や感情を、他人にうまく伝えることも難しいのです。
「イライラした?」「いやなことがあったかな」と尋ねるとうなずきはするものの、それが自分にとって精神的なストレスの原因とは認識できません。
身体的な苦痛で精神的症状が出ることもあり、精神的な苦痛で身体的症状が出ることもあるということを説明し、あらわれている症状のおもな原因が身体と心どちらにあるのかを探っていきます。

まとめ
子どものうつ症状に悩む親だけの相談も増えています。
気分が落ち込み、悲観的になり、時には死んだ方がよい等の深刻な気持ちを抱えていることもあり、背景には、不登校が続いていたり、親子関係の困難を抱えていたり、それぞれに悩みを抱えた末にうつ状態に陥っていることが多いようです。
場合によっては抗うつ薬による効果よりも思春期特有の人間関係の悩みを相談によって解決していくことによって、うつ状態から抜け出ることが可能なこともあります。